Column

2017.10.25

【店長応援企画・店長のミカタ】成長の原動力となる理念マネジメント/O・B・Uカンパニー高木隆二氏×ツナグ働き方研究所 所長 平賀

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おもてなしの国ニッポン。その世界最高峰のサービス力を支えるのは、間違いなく、現場を仕切る店長。日本のお家芸ともいえる「飲食業界」を牽引する主役たちが、どのように働き、どのようなキャリアを積んでいくのか。21世紀のニッポンの働き方を考える上で、この命題は非常に重要なイシューです。
今回は、九州から起業し急激に成長を遂げるO・B・U Company(以下OBU)の高木隆二さんをゲストに迎え、お話を聞きました。彼は自身も店長として活躍し、今では一つの事業部門を任される同社のキーマン。それまで誰も成し得ていなかった『居酒屋甲子園(※)2連覇』という偉業のベースになっている理念マネジメントについて語ってもらいました。

居酒屋甲子園:NPO法人居酒屋甲子園主催。「居酒屋から日本を元気にしたい」という想いを持つ全国の同志により開催された、外食業界に働く人がより誇りを持ち、学びを共有できる場を提供する大会。高木さんは居心地屋 螢 上人橋店でのエントリーで第6回・7回と2連覇を果たした。

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「客とはあまりしゃべるな」という老舗の雰囲気に感じた違和感

平賀
高木さんが飲食業界に入られたのは何歳の時でしたか?
高木
18歳の時ですね。途中、別の仕事をしていた時期もありますが、もう20年間、この業界にいます。
平賀
飲食を仕事にしようと思ったきっかけは何だったんですか?
高木
僕は小6の時に父親を亡くしていまして、その頃から家事をよく手伝うようになったんです。その中で掃除や洗濯よりも料理に興味を持ちまして。なので、調理の勉強をしようと、学校も調理科のあるところに入ろうと思ったんですが、調理科は倍率が高く、食品流通科の方に進みました。そこで食品の加工について学んだりしていたんですが、どうも自分のやりたい方向性と違うなと思って、そこは早期卒業して就職することにしたんです。
平賀
同じ飲食系でも、やはり自分で料理をしたり、お客さんの顔が見えるものじゃなければ、やる気にならなかったのかもしれないですね。
高木
そうですね。その後は一度、営業職に就いたんですが、そこにはやはり自分の喜びは見いだせなくて。
平賀
やっぱり飲食業にいこうと?
高木
はい。母の言葉がきっかけでした。「あんた料理好きだったんじゃないの?」って。
平賀
お母様は、高木さんが子どもの頃から料理に興味を持っていたのを知っているわけですしね。料理って面白いなと思った原体験はどんなところにあるんですか?
高木
中学2年生くらいの時だったと思うんですけど、学校から帰ってきて、母が仕事から帰ってくる2時間くらいの間に「ケーキを作ってみよう」と思い立ちまして(笑)。それがけっこう上手にできて、母にも喜んでもらえたんですよね。多分そこから「料理をすると人が喜んでくれる」ということに気づいたんだと思います。
平賀
そして飲食店で働き始めて。最初はどんなお店だったんですか?
高木
個人経営の焼き鳥屋さんでした。老舗で、大将をはじめとても厳しいお店で、「客とはあまりしゃべるな」「店員同士で飲みに行ったりするな」っていうようなお店でした。
平賀
老舗ならではの厳しさなんでしょうけど、それを高木さんはどう受け止めたんですか?
高木
やっぱり、自分の思っていたサービスとは考え方が違うなと思いました。結局そこも1年くらいで辞めてしまって、さてどうしたものかと(笑)。日雇いのバイトなどをしつつ、「何のために仕事をするのか」を考え続けた日々でしたね。テレアポのバイトとかもやったんですけど、どうしても結局は「目の前で人が喜ぶ顔を見たい」「ありがとうと言われたい」という思いが強くなって。
平賀
そこでまた飲食に戻る決心をしたんですね。
高木
はい。その時には20歳になっていました。まだOBUにはたどり着かないんですが(笑)、個人経営の居酒屋で「社員募集」の張り紙を貼ろうとしているところを見付けて、「働かせてください」と言ったら「バイトからなら」ということで。
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もっとこの子たちが輝くような場所にしてあげたい

平賀
そこではホールですか?キッチンですか?
高木
料理も作って、ホールも回して、全てやっていました。もともといた社員さんが辞めてからは僕が店長になって、スタッフのシフト管理や教育もここで経験させてもらったんです。
平賀
そのお店での仕事は順調に回っていたんですか?
高木
その居酒屋は社員が自分一人で、あと主婦のパートさんと学生のバイトが四人くらいで回していました。うまく回らない時もあって、近所の別の居酒屋の店長さんに相談したりしてましたね。そうやって話している中で、「もっとこういう店にしたい」とか、ちゃんと言葉にして伝えるべきなんだなってことに気付いて。そこからは、みんながチームみたいになって、いいお店になっていったと思います。
平賀
近所のその居酒屋さんは、高木さんが店長さんに相談したくなるような、いいお店だったんですか?
高木
そうですね。バイトの子がシフトに入ってない時でも店に飲みに来るような、そんなお店でした。スタッフからしたら、自分のうちに帰ってきたような空気感なんですよね。それが素敵だなと思ってました。
平賀
自分の店も、そんな空気感にしたいと?
高木
そうなんです。ただ生活費を稼ぎにくる場所じゃなくて、もっとこの子たちが輝くような場所にしてあげたいって思ったのは、その時ですね。なのでまず、みんなに「どうしたらもっと楽しく働けるようになると思う?」って聞いてみたり。そうすると「実はこのエプロンがダサいと思ってました」とか、出てくる出てくる(笑)。
平賀
スタッフが何でも話しやすい空気っていうのは大事ですよね。
高木
本当にそうでした。なので、その店では卒業するまでバイトを続けてくれる子ばかりで、自分でもいいお店になったなあと思いました。
平賀
その居酒屋で続けるという選択肢もありながら、OBUの飲食店へと転職するきっかけは何だったんですか?
高木
さっき言ってた近所の居酒屋で働いてた同級生が、「今度新しいお店で働く」って言ってて、それがたまたまOBUの店舗でした。その同級生が移ってから、時々飲みに行っていて、お店の雰囲気とか接客とか、すごく楽しいお店だったんですよね。ただ、これは今だから言えるけど、そこの料理は若者向けのざっとした料理で。だから、自分が働くとしても、ここでは修行にはならないなと思っていました(笑)。
平賀
それがどうして働くことに?
高木
OBUの幹部の方が何度か僕のお店に来てくれて「料理美味いな」って言ってくれて。だから、2年くらいずっと誘われてはいたんですよね。でも自分のお店でもいい関係性ができていたし、決断できなかったんです。でもそこで、OBUの方に言われた言葉が、僕の背中を押すことになりました。
平賀
高木さんのことだから、待遇面でいい条件を出されたとか、そんなことではなさそうですね(笑)。
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小さい光でも一人一人が輝けるようにと店名を「螢」に

高木
そうなんです(笑)。「将来の夢は?」って聞かれた時に、「独立です」って言ったんですけど、そしたら「その先は?」と聞かれて。正直、その先のことなんか何も考えてなかった自分に、その時初めて気付かされました。何もヴィジョンが描けてなかったんです。その方には「独立がゴールじゃない、その先が大事なんだ」っていう話をされて。その上で「一緒にやろう」と言ってくださったんですよね。一人じゃ叶えられないことも達成できる集団かもしれないなと思って、そこで決断しました。それが25歳の時でした。
平賀
まずは既存店で社員として働いたんですか?
高木
そうですね。副店長として入って、そこはもともと繁盛店だったんですけど、ちょっと売上が落ちてきてて料理長も兼任して、メニューを全部変えて、半年で売上が1.5倍になるくらい伸びて、その後、新店の店長に抜擢されました。
平賀
これまでの経験があったから、即結果が出たんですね。さすがです。その新店というのが「居心地屋 螢」の1号店ですか?
高木
はい。新店をオープンするに当たって、好きな名前を付けていいと言われたので。
平賀
なぜ「螢」にしたんですか?
高木
すごくいろいろ考えたんですよ。まずは、小さくても自分が光れるようにという思いからですね。飲食って、何かにくすぶってたり、学歴にコンプレックスがあったりする人が結構いて、そういう人も輝けるような場所にしたいなと。その一人一人の光が集まって、明るい光になって、そこがキレイな川ならば、お客さんというホタルもまた集まってくるはずだと思って、「螢」という店名にしました。
平賀
店名に高木さんの思いが全て詰まってるんですね。1号店はすぐ繁盛店に?
高木
日々満席の繁盛店になりました。でもそこで悩みが生まれてきたんです。「お客さんはたくさん来てくれるけど、スタッフは笑っているか?」と。売上が倍になっても、お店が忙しくなり過ぎれば、スタッフとのコミュニケーションや教育に時間が取れないし、ちゃんとみんなが楽しく働けていないかもしれないと。
平賀
具体的にどんなことに気付いたんですか?
高木
僕が料理長とそりが合わず、言い合いになったり、チームがうまくいっていないように感じたんです。それで、スタッフ全員が共有できる理念が必要だと思いました。
平賀
OBUには「BE HAPPY」という理念がありますよね。その理念は、当時の現場ではスタッフたちと共有できていなかったんですか?
高木
会社の事務所にはその理念は掲げられていましたが、社員やアルバイトには伝わっていなかったですね。もともとは「幸せになろう」という意味の言葉ですけど、「ありがとう」という言葉をお客さんにもらって自分が幸せになるためには、自分から働き掛けていくしかないんですよね。だから「幸せになろう」は「幸せにしよう」と同義だと。その理念の実践のために、リーダーである自分がもっと学ばないといけないと思いました。
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「仲間と会社を日本一にしたい」という思いから居酒屋甲子園2連覇へ

平賀
それが、今の高木さんが行っている講演や研修の源になっているわけですね。「螢」で何店舗ものオープンに携わっていく中で、スタッフのモチベーションをいかに上げるか、いかに輝いてもらうかを追求した結果、居酒屋甲子園では2連覇を果たすなど、驚くべき実績を上げられたわけで、それは高木さんが「BE HAPPY」の理念をしっかり共有しようというところから始まってるわけですよね。
高木
決して順風満帆に、全てがうまく回ったわけじゃないんですけどね。その前に僕は、当時4歳だった息子を亡くしてしまって、現場にも会社にも戻れないって思った時期がありました。でも、その僕が不在だった時に、一生懸命店を守ってくれてたスタッフたちの話を後で聞いて、復帰しなきゃと思いました。代表の寺川にも「どれだけ時間がかかってもいいから戻ってこい」と言っていただいて、3カ月で現場に復帰したんです。
平賀
失意の中にあって、そうした仲間の存在が高木さんにとっての「光」でもあったんですね。
高木
すごくありがたかったです。だから、「仲間と会社を日本一にしたい」という思いがより強くなって、スタッフたちは僕を「日本一の父ちゃんにしたい」って思ってくれたんですよね。その1年後です、居酒屋甲子園で日本一になったのは。
平賀
高木さんのお話を伺っていると、飲食業はとても夢のある仕事だと思うことができます。高木さん自身がやっている研修や教育も、まさにそんな思いから始まっているのではないですか?
高木
どんな職業だろうと大人が輝いていれば、子供にとってはそれが憧れの職業になりますし、社員が輝いていればアルバイトにとっては、それが一番身近にいるカッコイイ大人なんですよね。でも一人一人のホタルに目を向ければ、時には輝いていないホタルもいる。店長はそこにちゃんと気付いて、なぜ輝けていないのか、きちんと向き合うことが大事なんですよね。モチベーションが下がる時というのは、目的を見失っている時だから、きちんと一人一人の人生の目的に気付かせてあげることも大事だし、そのために、入社してすぐの研修では「人生の目標設定」もしてもらっています。
平賀
高木さんが身をもって経験したことをもとに構築された研修内容は、飲食業界だけでなく、さまざまな業種でも活用できそうですよね。教育や研修の面白さって、どういうところで感じますか?
高木
僕自身、最初はお客さんの笑顔しか見てなかったし、それが重要だと思っていました。でも、スタッフがいい笑顔で笑ったら、お客さんも笑ってくれるんですよね。それを見て考え方が変わりました。スタッフが本気で喜んで働いていれば、笑顔はどんどん広がっていくんです。
平賀
少年時代、手作りのケーキでお母さんを笑顔にすることができたという原体験が、今もまだ生きているんですね。なんだかすごく感動しました。飲食業でお客さんを幸せにするということは、自分も幸せになることだし、何よりスタッフを幸せにしないと、それが実現できないという、高木さんの一貫した理念は、飲食業に携わる多くの人の心に刺さると思います。今日は貴重なお話をありがとうございました。
本件に関するお問い合わせ先

ツナグ働き方研究所(株式会社ツナグ・ソリューションズ)担当 牧戸(まきと)
Tel:03-3569-2790
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プロフィール

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高木隆二(たかぎ りゅうじ)

株式会社O・B・U Company 執行役員
1979年、福岡生まれ。2005年に店長として「居心地屋 西の螢」(現博多ほたる西新店)を立ち上げる。現在「博多ほたる」で自らTOPを務め、福岡2店舗、東京3店舗で5店舗を運営する。2011年、2012年では「居心地屋 螢上人橋店」(現博多ほたる西中洲本店)で居酒屋甲子園で業界初となる2年連続日本一の偉業を達成。2014年の居酒屋甲子園では大分県「陽はまたのぼる」の日本一に携わる。現在「チームづくり」や「理念経営、価値観教育」等の講演会や、社内・社外研修等で幅広く活動中。

平賀充記(ひらがあつのり)

ツナグ働き方研究所 所長
1988年リクルートフロムエー(現リクルートジョブズ)に入社。「FromA」「FromA_NAVI」「タウンワーク」「とらばーゆ」「ガテン」などリクルートの主要求人媒体の全国統括編集長を歴任。 2014年株式会社ツナグ・ソリューションズ取締役に就任。2015年ツナグ働き方研究所を設立、所長に就任、今に至る。著書に『非正規って言うな!』『サービス業の正しい働き方改革・アルバイトが辞めない職場の作り方』(クロスメディアマーケティング)がある。