Column

2018.07.15

【店長応援企画・店長のミカタ】ビースマイルプロジェクト・中尾和夫さん

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おもてなしの国ニッポン。その世界最高峰のサービス力を支えるのは、間違いなく現場を仕切る店長だ。日本のお家芸ともいえる「飲食業界」を牽引する主役たちが、どのように働き、どのようなキャリアを積んでいくのか。
今回は、牛の6次産業化を推進する「カミチクグループ」が手掛ける「ビースマイルプロジェクト」で活躍中の中尾和夫氏に話を聞いた。この6次産業プロジェクトにおいて中尾氏は、今までのキャリアを活かし採用育成の中核を担う。彼の半生は波乱万丈だ。自分の店を持ったのち後進に店を譲り、50歳を超えてアルバイトでダイナックに入社。S1サーバーグランプリでも見事優勝した接客のプロだ。そのチャレンジングな生きざまは、飲食業界で頑張っている人たちへの大いなるエールとなるであろう。

高校生アルバイトながら「店長」と呼ばれて飲食の魅力に目覚める

平賀
中尾さんは現在56歳ですが、若い頃から飲食業界で活躍されていますよね。その遍歴が常にアグレッシブで、飲食業界をもっと楽しく、もっとよいものにしていこうという思いに貫かれていると感じます。最初に中尾さんが飲食業界に入ったのは学生時代ですか?
中尾
そうです。僕は大阪の心斎橋出身なんですが、高校1年の時に近所のお好み焼き屋さんでバイトを始めたのが最初です。とても繁盛しているお店で接客を担当しました。もちろん焼き方も覚えまして。
平賀
飲食店での仕事が楽しいと感じた原体験だったんでしょうか。
中尾
そうですね。どんなに忙しくてもトッピングのオーダー、青のりやカラシの有無など、一人一人の細かなオーダーを把握して間違えずに提供して、お客さんとも笑顔でコミュニケーションを取って、高校生ながらに「店長」と呼ばれて(笑)。
平賀
それがご自身でも嬉しかったんですね。
中尾
お客さんから「ありがとう」って言われることに喜びを感じていました。褒められて、嬉しくて、また頑張るというプラスのスパイラルですよね。
平賀
高校卒業後も、そのままそのお店で働くことになったんですよね。中尾さんのどういうところが評価されていたんだと思いますか?
中尾
今思えば、ですが、接客ってやっぱり礼儀・礼節や謙虚さが大事なんですよね。僕は高校生ながらにそれを持ち合わせてたんじゃないかと思います(笑)。何しろ家訓は「笑顔」ですし。「100万ドルの笑顔やな、中尾くんは」と言われたことを覚えています。だから謙虚と言いつつも、ちょっと調子に乗ってたところもありますよ(笑)。
平賀
(笑)。その後、20歳で上京されたそうですけど、それはどういう思いから?
中尾
やっぱり東京に興味があったんですよね。当時の大阪は、今よりも「東京なんて」という空気が色濃い時代で。東京の悪口はよく耳にしましたよね。でも、「実際に知ってて言ってるのかな」と、むしろ興味を惹かれた部分もありました。友達には「魂売った」とか言われましたけど(笑)。
平賀
東京でも飲食の仕事を?
中尾
青山のパブで働いていました。その後、不動産業の会社に転職したんです。
平賀
また思い切った転職でしたね。
中尾
もっと「東京を知りたい」と思ったんですよね。不動産の営業は、東京という街を覚える一番の近道じゃないかと。その後25歳でまた違う不動産会社に転職しました。
平賀
そこではどんなお仕事を?
中尾
27歳で取締役開発部長になったんですが、奄美大島にホテルとゴルフ場を作るというミッションが持ち上がり。結局、奄美大島には3年いて、バブル崩壊とともに本社に呼び戻されました。気が付けば32歳で常務という役職に就いていて。
平賀
ところがそこからまた飲食業界にカムバックされるんですよね。
中尾
そうなんですよ(笑)。不動産の仕事と飲食の仕事、どちらも人と接する仕事ではありますが、それでも自分が飲食に戻ってきたのは、やはりもっとダイレクトにお客さんの「ありがとう」を聞きたかったからだと思うんです。
平賀
それで池袋(要町)で、自らがオーナーとなってお店を始められて。
中尾
それが33歳の時ですね。やはりお好み焼き屋さんをやりたくなって。店舗としては、8畳の座敷と4名掛けのテーブル、7名のカウンター席で、10坪ほどのお店でしたが、住宅街でもあったので出前も多かったんですよね。
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もしスタッフが遅刻してきたとしても叱らない

平賀
そこでオーナー店長として店を切り盛りしていくわけですが、そこで中尾さんの接客能力やスタッフへの教育力、マネジメント力がいかんなく発揮されたのだと推測します。まず、スタッフの採用で心掛けたのはどんなことですか?
中尾
大学生も何人か雇ったんですけど、むしろ僕は地元のやんちゃそうな子が、うちでのバイトを通して変わっていくのを見るのが好きだったんですよね。常連さんからも「うちの子を雇ってもらえないか」と相談されることもしばしばで(笑)。
平賀
そういうやんちゃな子を、どうやって教育していくんですか?
中尾
僕、基本的に叱らないんですよ。もし遅刻してきたとしても叱らない。やっぱり叱られると思うと身構えてしまうので。なので、遅刻してきたスタッフがいたら、僕自身がいつもの倍のスピードで動いて、本人に「ヤバイ」と気付かせるんです。
平賀
なるほど。自分のせいで店長や他のスタッフが大変なことになってる、というのを見せるわけですね。
中尾
それで一段落した時に「寝過ごしたか?」って聞くと、「すみませんでした!」って、本気で謝りますしね。遅刻癖も直ってきますし。
平賀
信頼関係もあるんでしょうね。
中尾
そうなんですよ。やんちゃそうに見えても本当はいい子が多いから、そこを理解しながら信頼関係をお互いに築いていくんです。だから、スタッフからの紹介でまた新しい子が入ってくる、っていう感じでした。すぐに辞めるということもなかったし、従業員採用で困ったということはなかったですね。
平賀
信頼関係を築くのに苦労する店長も多いと思うんです。何か、中尾さんなりのコツのようなものはありますか?
中尾
スタッフとのコミュニケーションは接客と同じで、「相手の波長に合わせる」ことが大切です。だから店長である自分の言うことが全て、ではなく、携帯とかスマホのことや、最新のトレンドのことなんかはスタッフに聞くようにしたり。
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お店を経営しながら大手企業での仕事の面白さに目覚めた

平賀
そのお店がうまくまわっている中で、そこに安住するのではなく、中尾さんはまた新たなフィールドに足を踏み入れていきますよね。50歳の時に、自身のお店は続けながらもダイナックに入社されて。
中尾
最初は「人が足りないから、昼の時間だけ1週間手伝わないか」という誘いを受けたのがきっかけです。昼間なら時間もあるし、面白そうだしやってみるかと思って始めたら、企業の規模の大きさが新鮮だったこともあって、1週間が2週間、1カ月、1年と続いてしまって、3年ほど、二足のわらじ状態で、自分の店と掛け持ちで働いていました。
平賀
そのオーナー兼アルバイトという状態から、自分のお店を手放してまで、ダイナックで正社員として働く道を選びますよね。その選択はどういうきっかけからだったんですか?
中尾
まだ自分のお店もやっていた時に、ダイナックの「D1グランプリ」という接客コンテストに出場したんですが、そこで見事に優勝したんです。自分としてはいつも通りのことをしただけなんですが、それを本社の人が見ていて、それで正社員にならないかと声が掛かったんです。
平賀
正社員となると、さすがに自分の店の経営との両立は難しいですよね。
中尾
自分の店はちょうどオープンから20年がたって、いい節目かなと思いまして。53歳で正式にダイナックに入社しました。
平賀
ご自身の経験やスキルが、それだけ大きな規模の企業で伝えていけるということは、これまでにはないダイナミズムで、きっとやりがいも大きかったと思います。主にどんな教育をしていきましたか?
中尾
基本的なオペレーションはすでに確立されているわけですから、僕が教えられることといえば、いかに「その日のお客さんの波長に合わせるか」ということ。お客さんは千差万別。それどころか同じ人でも日によってコンディションが違うわけです。そこを読む力というか、その人の状態をキャッチすることの重要性を伝えてきたつもりです。
平賀
その「中尾流」をスタッフにしっかり理解してもらうには、きっと座学の研修だけでは不十分ですよね。
中尾
そうなんです。座学やOFFJTで伝えたところで意味がないんですよ。同じ会社の人間でも外様として説得力を持って伝えられるとしたら、やっぱり自らもサロンをつけて、OJTで教育することが重要でした。
平賀
そういえば、ダイナック在籍時には、S1サーバーグランプリ(※)にも出場されて、最優秀賞を受賞されていますよね。
中尾
ダイナックでは、D1グランプリのファイナリストに選出されたメンバーは、S1への出場権が与えられるようになっていたんです。僕自身、D1で優勝したことで、初めてS1の存在を知ったくらいなんですが(笑)。
平賀
「中尾流」で見事に優勝を手にした後、中尾さんはまた新たなステージへと向かいます。
中尾
はい(笑)。3年という区切りでもあり。それが今年2月から在籍している、ビースマイルプロジェクトです。

S1サーバーグランプリ:NPO法人 繁盛店への道主催。「あの店に行けばあの人に会える」そう思って頂ける日本一のサーバー「ベストサーバー」を選ぶ大会。中尾さんは第11回大会優勝。

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「全スタッフを笑顔にしたい」その思いに共感した

平賀
S1優勝という肩書も、その転職のきっかけになっていますか?
中尾
そうですね。おかげさまでいろいろなところからお声掛けをいただきましたから。
平賀
そんな中で現在の会社の仕事を選んだのは?
中尾
自分なりの考えをノートに書き出して、あらためて「自分は何をやりたいのか」を考えていったんですよ。それでやっぱり、「売上を上げるため」と言われて行くのは嫌だったんですよね。モチベーションやマインドが僕には一番重要。ビースマイルプロジェクトは「全スタッフを笑顔で明るくしてほしい」と言ってくれたんです。そこに共感しました。
平賀
コンサルティング業者としてというより、企業の中に入ってサービスや接客の質を向上させていくというやり方は、やはり中尾さんならではの選択だなという気がします。
中尾
今の会社で店舗に関わる人が数百名いるんですが、それくらいならまだいくらでも変えていける規模なんですよね。なので、これからもっと「あの会社いいね」と言ってもらえるように、できることは全てやるつもりでいます。
平賀
それにしても、今日こうして話をお聞きしていると、飲食業に携わる人のその先というのは、実は何歳になってもいろいろな可能性に満ちているんだなあと実感させられました。中尾さんが格別にパワフルだというのはもちろんなんですが(笑)。新たな世界へのチャレンジを、怖いと思ったことはないですか?
中尾
新しい道をためらいなく選べるのは、たぶん出世欲とか上のポジションに行きたいとか、そういうことにあまり興味がないからだと思います。そもそも僕は上からものが言えないタイプですし、そういう態度の人が大嫌い(笑)。
平賀
例えば店長の視点で語るとしたら、中尾さんの理想のスタッフ採用って、どんなものですか?
中尾
それはもう、自分で商売していた時と何も変わらないです。「入りたい」という人は極力入れてあげたい。それでもしダメなら、早くに気付かせてあげたいですけどね。可能性はみんなそれぞれに持っているはずなんですよ。だから来たい人が来られるようにしてあげたいんです、理想を言えば。
平賀
もう一つ。スタッフがすぐに辞めてしまう職場というのは、何がよくないんだと思いますか?
中尾
そこもコミュニケーションですよね。空気感というか。まず、逃げ場をつくっておいてあげること。ミスをして追い詰められれば、誰だって飛んでしまいますよ。そこで、「ここがダメ」「あれもダメ」って言う前に、自分で気付くなり、ちょっと冷静になるなりする時間が必要。その逃げ場の余地をちゃんと用意してあげることです。
平賀
なるほど。やはり、中尾さんのコミュニケーションの前提にあるのは、上司対部下とか、店長対アルバイト、というような一方通行な縦のコミュニケーションじゃなくて、一対一で縦にも横にもなるような、画一的ではないつながりなんですね。
だからこそ「空気感」をつかむことが大切だし、それはそのままお客さんとのコミュニケーションにも通ずることで。
中尾
おっしゃる通りです。スタッフもお客さんも、そして店長自身も、みんなが笑顔になれることが一番大切で、それを実現していけば、おのずと飲食業に携わる人の地位も、もっと向上するはずですから。
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「100万ドルの笑顔」というニックネームを付けてもらい飲食業界の仕事に生きがいを見いだした高校生が、紆余曲折を経たのちに接客のプロフェッショナルへ。そして、その集大成というべき選択が「ビースマイルプロジェクト」という事業だった。「全スタッフを笑顔で明るくしてほしい」という言葉にグッと共感したからだという。やはり中尾氏の根幹には「笑顔」があるようだ。本当にいい笑顔で笑うヒトなのだ。

本件に関するお問い合わせ先

ツナグ働き方研究所(株式会社ツナグ・ソリューションズ)担当 牧戸(まきと)
Tel:03-3569-2790
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プロフィール

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中尾和夫(なかお かずお)

カミチクグループ(株)ビースマイルプロジェクト外食事業本部CHO兼人財開発部長
1962年3月10日生、大阪市南区(現中央区)で生まれ、高校1年生の時に初めて飲食店でアルバイト。これが愉快な人生の始まり。十数年の不動産時代、20年間の飲食店経営等を経て株式会社ダイナックへ52才で入社。第4回D1グランプリ優勝、第11回S1サーバーグランプリ優勝で日本一を掴む。現在はカミチクグループ(株)ビースマイルプロジェクト外食事業本部CHO兼人財開発部長。

平賀充記(ひらがあつのり)

ツナグ働き方研究所 所長
1988年リクルートフロムエー(現リクルートジョブズ)に入社。「FromA」「FromA_NAVI」「タウンワーク」「とらばーゆ」「ガテン」などリクルートの主要求人媒体の全国統括編集長を歴任。 2014年株式会社ツナグ・ソリューションズ取締役に就任。2015年ツナグ働き方研究所を設立、所長に就任、今に至る。著書に『非正規って言うな!』『サービス業の正しい働き方改革・アルバイトが辞めない職場の作り方』(クロスメディアマーケティング)がある。