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ツナグ働き方研究所

03 COLUMN2017.10.31

  • コラム

    【店長インタビュー/Switch】くんなまし・広中元店長

    「おもてなし文化」を誇る日本。そのおもてなしを第一線で提供しているところのひとつが飲食業界なのではないでしょうか。その1店舗1店舗が「おもてなし文化」の一端を担っているとも言えます。
    しかしその一方で、「飲食業界では働きたくない」という声を耳にすることも。

    では、飲食という仕事に想いを込めて働いている方たちにとって、この仕事に邁進するためのチカラとなったできごと――いわば『シゴトスイッチ』はなんだったのでしょうか。
    今回は、異業種から飲食の道に入り、キャリア1年で店長に着任した店長・広中元さんをゲストに迎え、彼がこの仕事に『シゴトスイッチ』がはいった瞬間について伺いました。
    飲食への道は挫折から始まった

    牧戸

    早速ですが、広中さんがエヌイーエスさんに入られたのはいつ頃だったのでしょうか。



    広中

    2014年の9月に入社したので、2年半くらい前ですね。



    牧戸

    エヌイーエスさんに入られる前は何をされていたんですか?



    広中

    まず、大学に行っていました。居酒屋でアルバイトしながら。



    牧戸

    それは、エヌイーエスさんのお店でということですか?



    広中

    いえ、全然違う店です。その頃は飲食の道に進もうという考えは無かったし、実際、別の職業に就こうと思って大学を中退しました。



    牧戸

    別の職業というのは?



    広中

    美容師です。美容師で一生食べていこうと決めて、通信制の美容学校に入り直して。3年間、勉強しながら実際に美容院で勤めてもいました。 その後、卒業試験にも受かって、学生の間勤めていた店で正式に美容師として働き始めたんですが、1年くらい経った頃に薬剤アレルギーにかかってしまって。それで勤務を続けられなくなり、美容師を辞めました。アレルギーの治療には2ヶ月くらいかかってしまって、美容師を辞めた後も完治するまでは一切働けない状態でした。



    牧戸

    大変でしたね。



    広中

    はい。この時のことは、自分の人生の中ではすごく大きな出来事でしたね。美容師を辞めた時、実家に帰ることも考えました。実家では、サラリーマンだった父が早期退職して飲食店を開いたところだったので、その手伝いでもしようかと。 でもその時に、大学時代にしていた居酒屋バイトが楽しかったことを、ふと思い出したんです。そこで、実家で父を手伝うのは東京の飲食業界で経験を積んでからにしようと決めました。働き方も、正社員として1社に入るか、フリーターとして複数店舗でのアルバイトを掛け持ちするか、どちらが自分のキャリアとして活かせるか考えましたね。最終的には1社の中で様々な立場を経験できる社員としての働き方を選びました。


    たまたま、一番初めに自分の目に入ってきた会社だった

    牧戸

    まずは店長になったきっかけから伺えますか。



    広中

    実は大学生の頃は、飲食の道に進もうという考えはなくて。大学を中退し、通信制の美容学校に入りなおして、働いていたんです。

    でも1年くらい経った頃に薬剤アレルギーが発症して、美容師の仕事を続けられなくなって…治療に丸2ヶ月くらいかかりましたね。完治するまでは一切働けない状態でした。



    牧戸

    大変な経験をされたんですね。



    広中

    はい。この時のことは、自分の人生でもすごく大きな出来事でした。美容師を辞めた時、実家に帰ろうかなとも考えました。サラリーマンだった父が早期退職して飲食店を開いたところだったので、その手伝いでもしようかと。

    でもその時に、大学時代の居酒屋バイトが楽しかったことを、ふと思い出したんです。で、実家に帰って親父を手伝うのは東京の飲食業界で経験を積んでからでも遅くないなと、思い直して。

    働き方も、正社員として1社で働くか、フリーターとして複数店舗でのアルバイトを掛け持ちするか、どっちが自分のキャリアとして活かせるか考えましたね。最終的には1社の中で様々な立場を経験できる社員としての働き方を選びました。



    牧戸

    こちらの企業を選んだ理由は何だったんですか。



    広中

    選んだというより、たまたまなんです。就職先を探す時の勤務地は、(実家の)山口に帰った時に誰もが知っている場所にしようと思っていました。渋谷なら誰でも知ってるでしょ。ネットで検索して一番初めに自分の目に入ってきたのが、今の会社が経営する店の求人募集でした。



    牧戸

    なるほど。



    広中

    探し出した当時はまだアレルギーの治療中で。その店は改装工事に入って、ちょうど僕の治療が終わる頃にリニューアルオープンするということで、アルバイトだけじゃなくて正社員も募集していました。そのタイミングにちょっと運命を感じましたね。

    しかも、1店舗だけでなく、会社が経営する様々な店舗を経験させてもらえるということも書いてあって、僕の希望にピッタリでした。もうここしかない!みたいな。

    ただ、そこの改装は取りやめになって、いきなり違う店に配属されまして(笑)。

    結局は入社1年後にそこの店長として配属されたし、今となっては面白い巡りあわせだなと思っています。


    未熟なうちに店長にしてもらって逆に良かったと思っています

    牧戸

    店長になるまでは、どんなことを学んだんですか?



    広中

    営業本部長が店長を兼務していた新規の店で、そこの店長候補として呼ばれました。ここで、ホール業務をやりながら店舗運営について勉強していって。



    牧戸

    その営業本部長の方から教わっていったんですか?



    広中

    最初の1ヶ月くらいは他のスタッフと一緒に営業本部長から教わって。2ヶ月目以降は、営業本部長が敢えて店に出ないようになったので、スタッフと協力しつつ経験しながら学んでいったという感じですね。どうしても分からないときは近隣店舗の店長に教えてもらったりもしました。

    そうやって4ヶ月を過ごして、次の3店舗目に店長として異動しました。



    牧戸

    未経験から入社後1年で店長になるって、結構早いという印象です。



    広中

    エリアマネージャーが推薦してくれたみたいです。社長や他の幹部からは「まだ早いだろう」と反対もあったみたいですけどね(笑)。



    牧戸

    店長昇格の話が来た時にはどう思いました?



    広中

    「ほんとですか?えっ?」って感じ(笑)。いずれ店長になりたいと思っていたけど、まさかこんなに早いとは予想していなくて。

    最初は「どうして僕なんだろう」とは思いましたよ。推薦してくれたエリアマネージャーに聞いたら「遅かれ早かれなるんだし、だったら店長になってからも勉強しながらやっていけばいい」と言ってもらって。でもいちばん大きかったのは「支えるから」という一言でした。それで気持ちが固まったんです。当時からこの人のためだったら、って思えるような人だったから、鵜呑みにしました。その言葉を。

    早く店長になったおかげで「天狗」になってスタッフに威張り散らしたりせずに済んだので、未熟なうちに店長にしてもらって逆に良かったと思っています(笑)。


    「絶対的ボス」ではなく、「働く仲間として一緒にやっていきたい」

    牧戸

    店長に任される権限というのは、どの範囲で?



    広中

    うちの会社はとても現場を尊重する社風で、「現場が第一、店長が経営者」という考え方。メニューも価格設定も店の方で決めるし、付き合う業者ですら店舗に任せてもらえる部分があるくらい。もちろん、会社の方でも大体のところは把握していますが、日常の細かいレベルの事については必要に応じてマネージャーと連携しながら現場で先に決めて、後から会議で報告する、という場合が多いです。



    牧戸

    かなり権限が多いですね。



    広中

    そうですね。

    ただ、とは言え、別に店長だけで決めるわけではなくて、料理長やスタッフ全員を巻き込んで決めていきます。



    牧戸

    着任当初からこういうやりかたを?



    広中

    はい。「任せる」というよりは「やっていただいている」という気持ちでいます。



    牧戸

    広中さんよりも勤続年数が長いとか、年上の方はいますか?



    広中

    社員では、28歳の僕が一番年下ですね。



    牧戸

    年上のスタッフと接するときに気苦労はあります?



    広中

    全然ないです。年齢の上下をベースにするのではなく「お互いに得るものがある」と思える関係を作りたい、と思っています。



    牧戸

    ご自身でどんなタイプの店長だと思いますか?



    広中

    店長の中には「絶対的ボス」として君臨するタイプの人もいるけど、僕はその逆で、「働く仲間として一緒にやっていきたい」、と考えるタイプ。その方が店の雰囲気も良くなるかなと。だから、スタッフとは近い距離でいたい。みんなが楽しいことイコール自分が楽しい。みんながのびのび働けている時点で、自分は楽しい。そこに「自分個人が」っていうのはあまりないんですよね。


    いまはあまりできていないんですが、スタッフの子と飲みに行くときなんかも、自分の考えを話すというより、スタッフの話を聞くということを大事にしています。みんな意外と思っていることがあるんですよね。




    牧戸

    飲みに行けるのは、ベースの関係を一人ひとりときちんと作れているからですよね。


    経験することの重要性を実感しています

    牧戸

    理想となる方はいます?



    広中

    います!エリアマネージャーなんですが、行動的で大勢のスタッフに慕われていて、「この人のためだったら頑張ろう」と思わせてくれる人。その人が僕の理想の店長像ですね。



    牧戸

    店長として2年弱を過ごしてみて、どうですか?



    広中

    店内の雰囲気作りについては一部、できるようになってきている点もあるかな…。ただ、できていない部分の方がまだまだ多いです。ちょくちょく勤務中に気持ちの余裕がなくなってしまうことも。スタッフ一人ひとりも、お店の流れも、その日の営業の感触に合わせて対応を考える必要があるし、メニューもマンネリにならないうちに変えないといけない。

    店長になると自分の業務の他にやるべきことがこんなにあるのかと…。そうやって色々なことが重なると、余裕がなくなっている自分を感じる瞬間があります。

    店長になる前は、余裕のなさそうな店長を見て「自分だったらこうするのに」と思ったりもしましたけど、今となってはその余裕のなさはすごく理解できます(笑)。いま、自分もそう見られているのかなと思うと、自分の未熟さを痛感させられますね。

    いまでも勉強中ですけど、「経験してみないと分からないことってたくさんある」ということですね。


    ■まとめ 広中元の『シゴトスイッチ』

    目指していたものの、思った以上に早く巡ってきた店長へのステップアップ。彼の背中を後押ししたのは、店長として任命されたときに先輩から言われた「支えるから」という言葉でした。

    いま振り返り、広中さんはそのときの言葉を「鵜呑みにしてよかった」とも語ってくれました。信頼できる仲間が周りにいたからこそ、踏み出す一歩に力が入ったのではないでしょうか。まさにそれが、いまの店長としての「働く仲間として一緒にやっていきたい」というスタンスにもつながっているように思います。


    ◆本編資料(PDF)もしくは参考サイト(URL)はこちらから

    酒怪タマゴショクブツ くんなまし

    株式会社エヌイーエス

    ◆本件に関するお問い合わせ先

    ツナグ働き方研究所(株式会社ツナググループ・ホールディングス)
    担当 :和田
     ※お問い合わせは、お問い合わせフォームからお願いいたします。