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ツナグ働き方研究所

03 COLUMN2017.12.15

  • コラム

    【店長応援企画・店長のミカタ】
    一風堂 店主 緒垣俊輔氏×ツナグ働き方研究所 所長 平賀

    おもてなしの国ニッポン。その世界最高峰のサービス力を支えるのは、間違いなく、現場を仕切る店長だ。日本のお家芸ともいえる「飲食業界」を牽引する主役たちが、どのように働き、どのようなキャリアを積んでいくのか。21世紀のニッポンの働き方を考える上で、この命題は非常に重要なイシュー。
    今回は、2015年に創業30年を迎え、17年にはマザーズ上場と、ますます元気な株式会社力の源ホールディングスの取り組みをご紹介します。店長として活躍した後、独自の暖簾分け制度で独立を果たした「店主」の緒垣俊輔さんをお迎えして、魅力的な制度とその背景にある想いについて語ってもらいました。同社が成長を続けるまさに「力の源」がどこにあるのかが見えてきました。
    ここのラーメンが好き。シンプルな思いから始めたアルバイト

    平賀

    緒垣さんは、10代の頃に一風堂でアルバイトを始めたんですよね。



    緒垣

    そうです。僕は福岡出身で、家族で月に一度はお店に行くくらい、一風堂のラーメンが好きでした。高校卒業後は保育士になるために専門学校へ進学したんですけど、料理をするのも好きだったので、飲食店でバイトしようと思ったんですよね。



    平賀

    自分が好きなお店で働きたいと思ったんですね。そこから店長へとステップアップしていくわけですが、この仕事に本腰を入れようと思ったのはどんなきっかけからですか?



    緒垣

    単純に、バイトがすごく楽しかったんです。あの頃は、バイト明けにみんな飲みながら話したりとか、チームワークっていいなと思っていました。それでなんとなく、これからもバイト先の仲間たちと一緒にやっていけたらいいなと思ったりして。



    平賀

    そういうスタッフ同士のチームワークというか、結束はやはり強かったんですね。



    緒垣

    先輩たちが店長から色々と指摘を受けている姿を見ていて、その仲間同士で「もし自分たちが社員になったら、店長会議は飲み会の時のようにもっと風通しよくするのにな」なんて、冗談で言っていたんです(笑)。まあ、もちろん、今なら店長の気持ちもすごく理解できるんですけど、当時は、そんな仲間同士との楽しい会話が実現したら、すごく面白いだろうなって、ワクワクしてました。



    平賀

    それで緒垣さんも社員になろうと?



    緒垣

    はい。フリーターとして働いていた時に、創業者で社長(現会長)の河原と店舗で一緒に働く機会があったんです。その時に「実は社員として働きたいんです」って言ったら、「おう、頑張りぃや」って言ってもらえて。



    平賀

    当時は河原さんがお店に立って一緒に働くこともあったんですね。



    緒垣

    その頃はまだ店舗数も少なかったので、彼が店舗に来ることもよくあったんです。



    平賀

    一風堂でアルバイトから社員になるためには、どんなプロセスが必要だったんですか?



    緒垣

    当時は会社もそれほど大きくなく、採用担当などいなかったので副社長が対応してくれて。でも、その時の面接では会社の話なんてほとんどしてなくて、僕が学生時代にやっていたラグビーの話ばっかりしていました。当時は、まだ12店舗くらいしかなかったんですけど、そこから17年たった現在は、87店舗にまで成長してますから感慨深いですよね。


    店長とぶつかってでもチームでの仕事にこだわった

    平賀

    社員になって、その後はどんなキャリアを?



    緒垣

    2001年に社員になって、02年に上京して恵比寿店に入店しました。でも当時、店長が厳しくて、それについていけないスタッフが辞めていってしまうということがあったんですね。僕もまだ24~25歳で若かったので、自分の意見を言おうと思って、それで分かってもらえなければ、自分も辞めてワーキングホリデーにでも行こうと思っていたくらいで(笑)。



    平賀

    正面からぶつかっていったんですね。



    緒垣

    その人も実はすごくいい人で、優しい人なんですよ。ただ時々極端な言い方になってしまう時があって。でも、その頃の僕はそんな店長の威厳なんていらないと思ってたし、それではチームなんか作れないという考え方だったので、「店長としての威厳は持っていてもらっていいので、運営は僕に任せてください」って、直接話をしたんです。



    平賀

    それを言える緒垣さんもすごいけど、それで納得した店長もなかなかですよね。



    緒垣

    そうなんです。「分かった」って言ってくれて、その後、僕は一度辞めてしまったスタッフを全員店に戻したんですよ。6人くらいかな。



    平賀

    その後、実際に緒垣さんが店長になったのは、いつ頃ですか?



    緒垣

    05年ですね。五反田店が店長としての最初の店舗でした。



    平賀

    店長になって初めて理解できたこともありましたか?



    緒垣

    働くスタンスは変わらないんですけど、楽しくやりたいっていうだけではもちろんダメで、人件費や原価の計算とか、店長としてやらなければいけないことって、たくさんあるんだと思いました。とにかく「もっとお客さんに来てもらうためには?」っていうことを、本気で考えるようになりましたね。



    平賀

    売上を上げるために、具体的な数字がのしかかってくるのが店長ですよね。



    緒垣

    本当にそうです。PLの見方も全然分からなかったから、とにかくいろんな人に聞いて、店長になってからは全店舗のPLを見るようになりました。自分の店は今どんなところにいるんだろうって、初めて気になり始めたんです。「これくらいの売上に対してはこれだけの原価がかかるのか」とか、リアルな感覚も出てきますし。



    平賀

    五反田店の次はどちらに?



    緒垣

    五反田を1年やってすぐ恵比寿に戻りました。そこで2年。その後、福岡の薬院店っていうところに戻ったんですよね。そこで3カ月。そして、大名本店で店長をやらせてもらいました。



    平賀

    福岡の本店の店長というのは、とても栄誉のあることなんじゃないですか?



    緒垣

    そうですよね。一応、東京の本店と福岡の本店、両方の店長を経験できたのは貴重な経験だったと思います。


    一風堂独自の魅力的な「暖簾分け」制度

    平賀

    そんな緒垣さんが独立を考えるまでには、どんな経緯があったんですか?



    緒垣

    その後は、会社の戦略として、政令指定都市にどんどん店舗を出していこうという時期に入って、僕はまず広島で新店をオープンさせて、その後には長野でも新店の立ち上げに携わったりと、新店請負人みたいな時期が続きました。



    平賀

    一つのお店に店長として就いて、どれくらいの期間で「うまく回せるようになった」と感じられるものなんですか?



    緒垣

    最初の3~4カ月で勝負は決まると思うんです。だから、3カ月でチームが作れたと思えば、また新店のヘルプに行ったりっていうこともできるんですけど、結果は1年たたないと出てこないものなので、そこまでは見ていたいなというのが正直なところですね。



    平賀

    1年が一つの指標になると。



    緒垣

    いや、やっぱり2年ですかね(笑)。それくらいいないと、自分のやってきたこととして評価はできないと思います。で、広島店がオープンしたのが10年4月だったんですけど、ちょうど同じ年に、一風堂の「暖簾分け」への応募受付がスタートしました。いわゆる第1期生ですね。一発目って面白そうだから、僕も行きたくて手を挙げようとしたら、「まだ広島店があるだろう」って言われて、完全に出遅れました(笑)。しかも次の年には、僕はエリアマネージャーという新たな役職に就いていたので、まずその仕事で見える景色を自分のものにしてからだな、という気持ちも芽生えてきてーー。



    平賀

    やりがいのある仕事だとは思いますが、エリアマネージャーとして仕事をこなしながらも、暖簾分けへの応募は、ずっと気になっていたのでは(笑)?



    緒垣

    そうですね。本体の会社がコケたら暖簾分けだってうまくいかなくなってしまうので、今は会社自体の骨をしっかり強くしていこうと。結局僕が暖簾分けに応募したのは、第5期生、14年の時でした。



    平賀

    暖簾分けは誰でも応募できるんですか?



    緒垣

    応募資格としては、2年以上、力の源、つまり一風堂で働いた経験があることが条件になります。その条件を満たして、暖簾分けを希望する人はプレゼンテーションの試験を受けることになります。



    平賀

    暖簾分けを希望する人は、どんなプレゼンをするんですか?



    緒垣

    事前に、既存の路面店の中から、暖簾分けで任せてもらえる対象店舗が会社から提示されるんです。その中から「俺は、ここを取りにいきたい」と、自主的に手を挙げて、プレゼンに臨みます。プレゼン時は社内だけでなく、社外の審査員の方もいらっしゃって、結構辛口なことを言われたり、突っ込まれたりします(笑)。自分のやってきたこと、それとこれからやりたいことについて自分の思いや具体的なプランを発表して、「こいつに任せたら繁盛するな」と思ってもらえれば合格です。



    平賀

    合格した後は、すぐにその店の店主になるわけですか?



    緒垣

    正式に暖簾分けをしてもらう前に、「おまえの言ったことを本当にやってみろ。実証して見せろ」というトライアル期間に入ります。



    平賀

    それを実証すれば、正式に認められるわけですね。それは業務委託契約で、要するに社長になるということですよね。



    緒垣

    そうです。河原は25年までに100人の経営者を輩出するって言っていました。


    「ここだけ一風堂」はチェーン店でも個店のこだわり

    平賀

    緒垣さんは千葉店で独立されたんですね。



    緒垣

    はい。15年4月からトライアルが始まって、無事に認められたので、今に至るという感じです。



    平賀

    それで、緒垣さんの取り組みは一風堂の中でもユニークなもので、いわゆる全店舗にあるグランドメニューだけではなく、千葉店だけのオリジナルラーメンを作ったということなのですが、そうしたオリジナルなメニューを作れるのは、暖簾分けのお店ならではなんですか?



    緒垣

    そうだと思います。今いくつかの店舗で「ここだけ一風堂」という、その店舗独自のラーメンを出している店がありますが、オリジナルのレシピを全部一から自分で作り上げたのは暖簾分け店主では私が初だと思います。



    平賀

    「ここだけ一風堂」という限定メニューを作る狙いは、どんなところにあるのでしょう。



    緒垣

    「ここだけ一風堂」は最近出てきた概念なんですが、一風堂にはまず「JAPANESE WONDER TO THE WORLD」というテーマがあって、その「JAPANESE WONDER」とは、実は自分たちの店の地域にあるものだと。その「JAPANESE WONDER」を自らが見つけて、ここにしかない「食べる喜び」をつくり出していくーー。それをラーメンで表現していこうという、そんな考えから展開しているものですね。チェーン店であっても、個店のこだわりを出していけるんだと伝えたいと思います。



    平賀

    なるほど。それが、千葉名産の一つである醤油がベースの「千葉BLACK」と、地元で昔から愛されている担々麺をイメージした「千葉RED」というメニューとして生まれたと。



    緒垣

    「JAPANESE WONDER TO THE WORLD」というと、海外での展開を思い浮かべる人が多いと思いますけど、日本でも食材や食文化が持つ魅力は、その地方独自のものがあって、それをラーメンのフォーマットで表現できたら素晴らしいと思うんです。その動きが、各地の一風堂で自発的に起きていると聞きます。



    平賀

    その自発的な動きのリーダーシップを取っているのが、独立した店主であり、その店舗ということなんですね。まさにチェーン店へのアンチテーゼであり、地元の人を笑顔にする、大きな取り組みですよね。



    緒垣

    そうですね。地産地消という言葉もありますけど、自分でストーリーを含めて、新しいものを生み出していけるのは、とても手応えのある仕事です。



    平賀

    今日お話を伺って、一風堂が全国で、というか、世界で愛されるラーメン店であり続ける理由が少し理解できたように思います。独自の「暖簾分け」制度や「ここだけ一風堂」といった取り組みは、既存のラーメン店の常識を覆すものですし、だからこそ、店主としての醍醐味も感じられるんだなと。



    緒垣

    それがお客さんの満足につながっていくように努力していきます。



    平賀

    さっき「千葉BLACK」をいただきましたけど、本当においしかったです。今日はお忙しい中、どうもありがとうございました。



    緒垣

    こちらこそ、ありがとうございました。ぜひまた食べに来てください(笑)。


    一風堂の暖簾分け制度

    一風堂には、独自の暖簾分け制度が存在する。現在国内の一風堂のうち、27店舗が暖簾分けの店舗。各店の店主は、長年一風堂のスタッフとして経験を積んだ後、自ら独立を志願する。味や接客、店づくりの考え方などの厳しい審査を潜り抜け、一風堂マインドを受け継ぐことができる人材と認められた者だけに、一風堂の暖簾を背負う店主としての資格を与えられるのだ。暖簾分け店舗は、一風堂の芯の部分をしっかりと受け継ぎながら、さらに独自のスタイルで暖簾に磨きをかけ続けていく。


    ここだけ一風堂とは

    そもそも一風堂には「JAPANESE WONDER TO THE WORLD」というテーマがある。実はその「JAPANESE WONDER」は、自分たちの店の地域にあるものだという概念、それが「ここだけ一風堂」なのだ。自らが見つけて、ここにしかない「食べる喜び」をつくり出していく…それをラーメンで表現する考えから展開していると言える。千葉店では、「日本でも食材や食文化が持つ魅力は、その地方独自のものがあり、それをラーメンのフォーマットで表現したい」との想いを掲げている。千葉でしか食べられないラーメンを創り出すこと。そのチャレンジから生まれたのが、千葉名産のひとつである醤油がベースの「千葉BLACK」と、地元で昔から愛されている担々麺をイメージした「千葉RED」というメニュー。まさに一風堂の「JAPANESE WONDER TO THE WORLD」を千葉代表として体現しているのではないだろうか。


    ◆本件に関するお問い合わせ先

    ツナグ働き方研究所(株式会社ツナググループ・ホールディングス)
    担当 :和田
     ※お問い合わせは、お問い合わせフォームからお願いいたします。