【店長応援企画・店長のミカタ】
店とお客様の境界線をなくす「カンタレス経営」
株式会社あさくま 安井一宏さん
おもてなしの国ニッポン。その世界最高峰のサービス力を支えるのは、間違いなく現場を仕切る店長だ。飲食業界を牽引する主役たちが、どのように働き、どのようなキャリアを積んでいくのか。21世紀のニッポンの働き方を考える上で、この命題は非常に重要なイシューだ。
今回は、ステーキレストランの老舗チェーン「株式会社あさくま」が行っている「カンタレス経営」について紹介したい。多忙を極める店長にとっても、心強いサポーターが活躍するユニークな取り組みなのだ。また、働き方改革が時短の文脈でしか捉えられない昨今、ヒトにとって本質的ともいえる「働き方の多様性」にチャレンジする画期的な取り組みという側面もある。商品部の安井一宏氏に詳しく解説していただいた。
今回は、ステーキレストランの老舗チェーン「株式会社あさくま」が行っている「カンタレス経営」について紹介したい。多忙を極める店長にとっても、心強いサポーターが活躍するユニークな取り組みなのだ。また、働き方改革が時短の文脈でしか捉えられない昨今、ヒトにとって本質的ともいえる「働き方の多様性」にチャレンジする画期的な取り組みという側面もある。商品部の安井一宏氏に詳しく解説していただいた。
あさくまの新しい取り組み「カンタレス経営」の意義
- 平賀
- まず「カンタレス」というのは、どういう意味を持つ言葉なんでしょうか?
- 安井
- これ、実は、あさくま独自の造語なんです。平たく言えば「カウンターレス」ということなんですが、商いをする上で、飲食店で言えば、店舗側とお客様側の間にあるカウンターをなくしてしまおうというのが、その語源です。
- 平賀
- なるほど、造語なんですね。スペイン語っぽいなと思いつつ、パソコンで検索しても出てこないので、不思議に思っていたんです(笑)。
- 安井
- 一種の境界線のようなものがあると思うんですよ。お店とお客様との間には。
- 平賀
- サービスの供給側と受け手の間にある見えないカウンターを取っ払うということですか?
- 安井
- もちろん、その境界線を誰もが超えていいというわけではなくて、あさくまというレストランのことが好きで、お店のことをもっと他の人たちにも好きになってもらいたいという、そういう思いを持ってくださっている方たちと、もっと一緒になって店舗をよくしていけないかという思いから始まっています。
- 平賀
- 「人手が足りないからお客様の手を借りよう」というスタートではまったくなくて?
- 安井
- 「おいしいものを提供するので食べてくださいね」という、お客様からしたら受け身のレストランにとどまるのではなく、もっと体験型としての価値を提供できるようなレストランに変えていこうという思いが以前からありまして。例えばセルフクッキングといって、自分でお肉を焼ける場所を作ったり、デザートを自分で作れるようにしたり、何かを体験しながら楽しんでもらうコーナーを増やしていっていたところでした。その取り組みの延長で、あさくまのメルマガ会員様に向けて、実際にあさくまでお出ししているお米を作ってる農家さんを訪ねるツアーや、BBQイベントなどを企画して参加者を募集したところ、かなり反響が大きかったんですよね。イベント自体もすごく楽しんでいただけたみたいで。
- 平賀
- 予想以上に、お客様自身が積極的にあさくまに関わりたいと思っていると、実感したというか。
- 安井
- そうなんです。なので今度は、あさくまというレストランそのものを使って、お客様の人生の中に、何かやりがい──というのは大げさかもしれないですけど、その方が活躍してもらえる場を作れたらいいよねという話になって。それで、ある店舗のお客様で、「ぜひ、店舗の生け垣をきれいにしたい」という植木が得意な方に手を貸していただいたということから、具体的な展開へと発展していきました。
- 平賀
- 単なる「お手伝い」ではなく、あさくまのファンだからこそ、一顧客の立場ではなくて、それこそ「カンタレス」でお店の中まで入って、自分の力を発揮したいという、これって、相当お店へのロイヤリティがないと成立しない取り組みですよね。
「ずっと良いお店であってほしい」という会員の気持ちがこの取り組みの原動力
- 安井
- 今、会員さんが累計で80万人くらいいて、その方たちを対象に募集をかけています。そもそも、あさくまに足を運んでいただいた方だけが会員になれる仕組みですし、登録してくださる方というのは、地域の同一店舗に何度も来店してくださっている方です。あさくまのことをよく理解いただいていますし、そうした中で、お客様目線でのご意見というのは、非常に有意義というか、店舗として必要なものなんですよね。
- 平賀
- とはいえ、よく行くお店の生け垣に雑草がいっぱい生えているからといって、自分が何とかしたい、とまで思ってくれるお客様というのは、非常に珍しいと思います。
- 安井
- すごく昔から、それこそ少年時代から両親に連れられてあさくまに来店してくださっている方とか、自分の特別な場所として、ずっと思っていてくださってるんですよね。
- 平賀
- そこが、あさくまのすごいところなのかなと思います。
- 安井
- 非常にありがたいことです。そのお店を「もっと良くしたい」「ずっと良いお店であってほしい」という思いを持ってくださってるのは。
- 平賀
- でも決して、その好意ややりがいに甘えているわけではなく、もちろん作業に対する報酬はお支払いしているわけですよね。かと言って、一般的な仕事というか「ワーク」という位置付けとも違う。
- 安井
- もちろん、そこにかかった経費はこちらで持ちますし、作業に入る前に、具体的な報酬の金額はお伝えして、ご納得いただいた上でスタートします。専門職への賃金に比べれば金額は高くないかもしれないですが、それにも理由があって。
- 平賀
- 金額設定が高額になり過ぎると、そもそもの「カンタレス」という考え方とは外れてしまいますもんね。
- 安井
- そうなんです。自分の好きなお店で、例えば「このメニューは私が考えたんだよ」とか、「ここのガーデニングは僕が手掛けたんだ」とか、誰かに自慢できる成果を出せて、自分が得意としている仕事とか、趣味として好きでやっていることが、そういう場面で活かせるというのは、とてもうれしいことなのではないかと思います。
- 平賀
- アンバサダーマーケティングのさらに上をいくような感覚ですね。
- 安井
- もっとあさくまを好きになってほしいし、でも、それだけじゃなくて、あさくまがお客様の生きがいを、もっと引き出してあげたい──と言うと非常に上から目線のような気もしますが、単純に、あさくまという「場」をきっかけに、人生が少しでも豊かになってくれたらうれしいという思いですね。
お店とお客様、双方にとっての幸福な「場」
- 平賀
- 普通のお客さんでは気付かないし、すっかり店舗の中の人になった従業員やもちろん店長でも気付かない、ほんとに「カンタレス」に行き来できる会員さんだからこそ、発揮できるスキルや、ものの見方というのはありそうですね。そこは双方にとって幸福な「場」であると。
- 安井
- 実際に作業をしてくれた方たちが、そのあと店長とランチをしながら、また新たな提案や貴重な意見を言ってくれたり、そういう人と人との関係性の中でも、「カンタレス」は実現されているんですよね。
- 平賀
- 先ほどの生け垣を整えてくれる「ガーデニングキーパー」さんのお仕事の他に、具体的にはどんな内容の作業を会員さんが「カンタレス」で行っているのですか?
- 安井
- 現在は「抜き打ちチェッカー」さん、「お料理プランナー」さんにご活躍いただいています。
- 平賀
- 抜き打ちチェッカーというのは、いわゆるミステリーショッパーのことですか?
- 安井
- そうですね。ただ、うちでいう抜き打ちチェッカーさんは覆面ではないんです(笑)。月に2回、店舗に足を運んでもらって、それを半年続けていただきます。その結果をしっかり店長や担当者にフィードバックしながら、どう改善していっているのか、あるいは改善してないのかをチェックしていくんです。
- 平賀
- もう顔バレというか、しっかり店舗を見守る一員という感じで認知されている存在なんですね。
- 安井
- 他にもエリアチェッカーさんといって、同時期に何店舗かを回ってもらって相対評価的にチェックをしていただく方もいらっしゃいます。
- 平賀
- お料理プランナーとは?
- 安井
- お料理プランナーさんは、ずばり商品開発ですね。料理が好きな方、得意な方、外食が好きな方、いろいろな目線──もちろん全てお客様としての目線で、さまざまな新メニューをご提案いただくんです。
- 平賀
- お料理プランナーさんが提案したもので、現在すでにメニュー化されているものもあるんですか?
- 安井
- サラダバーの中の何品かは、すでに採用されたものですね。
- 平賀
- 提案されたメニューは、試食会などを行って採用・不採用を決めているのですか?
- 安井
- そうですね。8月の終わりにも行ったのですが、関東で稼働している3店舗が合同でコンテスト形式で試食会をしました。それぞれのお料理プランナーさんが出品してくださって、それらを審査するのも会員様から募った審査員です。なので、会員様が提案した新メニューを、同じく会員様がジャッジするという形で、1位から3位を決めて、「ではこれをメニューに加えましょう」と。
- 平賀
- すごく面白いですね。ありそうでない取り組みです。
- 安井
- この審査に参加してくださった方が、次は自分もお料理プランナーでやってみたいとご応募くださったりして。ほんとに、皆さんあさくまを好きでいてくれて、自分以外のファンを増やすために、何か役に立ちたいと思っていてくださっているんだなと感激しますよね。
店長自身が一番近隣の飲食店のことを知らない
- 平賀
- サポーターという言葉が一番近いような気がします。潜在的にも「もっと役に立ちたい」「関わっていたい」という思いが強いというか。
- 安井
- 人は何かを応援したいと思う生き物なのかもしれません。応援したいものの一つがあさくまなら、こんなうれしいことはないです。
- 平賀
- でも確かに、自分が通い続けている飲食店があって、「もっとこうすれば良さが伝わるのに」っていうことがあったとしたら、それは店長に言いたくなりますよね。そして、それはなかなか「客」という立場では、どんなに常連だったとしてもなかなか言いづらいというか(笑)。そこをお店の方から門戸を開いてくれる、カウンターを取っ払って話を聞いてくれる、というのは、お客さんの立場からも、やはりうれしいことなんだと思います。
- 安井
- しかも、近隣のさまざまな飲食店に足を運ぶ、近所の会員様の意見というのは、店舗としてもほんとにありがたいですからね。実は、近隣の飲食店に一番行けてないのは店長自身だと思うので。日々の業務も忙しくて繁忙な時間に外に出ることがままならない店長や社員は、視野が狭くなりがちですし、もう二度と純粋に「お客様」の視点に戻ることはできないんですよね。それもあって、この「カンタレス」という概念はとても画期的だと思います。
- 平賀
- 一緒に作っていこう、一緒に良くしていこうという考えが根底にあるんですね。それでお客さんももっと「自分の店」と思えるようになるし、従業員と顧客の間の立場で自由に関われるという心地良さもあり。やはり、お店の持つ歴史とロイヤリティがあってこその取り組みでもあるのかなと感じます。
- 安井
- ありがたいことです。
- 平賀
- そういう取り組みを経て、「会員」ではなく、あさくまの従業員として働きたいという方もいますか?
- 安井
- 今はまだ、直接、雇用へとつながる事例はあまりないと思いますが、ホームページからの求人情報にはアクセス数がかなり多いです。会員様の中には、学生時代にあさくまでアルバイトをしていたという方も結構いて、今後、カンタレスでの関わりを経てスタッフに、という流れも増えてくるかもしれないですね。
- 平賀
- いま、アルムナイ制度といって、退職者を会員化しておいて、もし戻りたくなったら復帰してもいいですよ、という手法が注目を集めています。カンタレスの取り組みって、そういうタレントプールにも近い側面があるように思うんですよね。
- 安井
- なるほど。それはそれで、とてもいいと思います。
- 平賀
- やはり、以前働いていた職場に復帰してもいいと思ってもらえたり、働かないまでも顧客としてファンであり続けてくれるというのは素晴らしいことですね。そこには、現在の企業全般が抱える課題としての採用難を解決するヒントが隠されているようにも思います。今日は有意義なお話を聞かせてくださって、ありがとうございました。
◆本編資料(PDF)もしくは参考サイト(URL)はこちらから
◆プロフィール
安井 一宏(やすい かずひろ)
株式会社あさくま
商品部
◆本件に関するお問い合わせ先
ツナグ働き方研究所(株式会社ツナググループ・ホールディングス)
担当 :和田
※お問い合わせは、お問い合わせフォームからお願いいたします。
担当 :和田
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